雨樋探偵・柳下恭平の事件簿(1)

雨樋とは推理そのものである

「雨樋とは推理そのものだ」 雨樋の魅力について聞かれたとき(そして、それはよく聞かれる)に、僕はそのように答えている。おっと失礼、申し遅れたね。僕の名前は柳下恭平。ご存じの通り、雨樋探偵だよ。

犬やネコの迷子から希少動物の違法な売買まで、動物に関する事件を専門に扱う「ペット探偵」エース・ベンチュラ。音楽業界、特にロックスターが巻き込まれた事件だけを解決していく「ロックンロール探偵」フォード・フェアレーン。高額な稀覯本が原因で起こる殺人事件に巻き込まれていく「古本探偵」クリフ・ジェーンウェイ。エトセトラエトセトラ。世界を見渡せば、人間の業の深さにより事件は専門化していって、その謎を解決するための探偵も専門化している。そういう例ってたくさんあるよね。

それが、僕の場合は雨樋だった。雨樋に関して起こる数多くの事件を解決するために、僕は関係各所に呼び出されて、職能を発揮する。 ん? そんなに雨樋に関する事件があるのだろうかって? ふふふ。さて、どうだろう。職業的な守秘義務があるので、詳細やデータを話すことはできないけれど、僕の長靴とレインコートはいつも濡れている、とだけ、ここでは答えておくようにしようかな。

それよりも「雨樋とは推理そのものだ」ということについて、もう少し説明をしようと思う。

とある探偵は「推理は観察である」と言った

ロンドンに住んでいた有名な探偵が「私は物事を見て観察をする」と言った。 いい言葉だなあ。彼と彼の助手の医者が、ある事件を解決したときに彼の家の前で新聞記者たちに「どうして事件を解決できたのですか?」と聞かれて言ったセリフだ。 不遜にも「誰でもそれくらいのことはしている」と思った記者がいて、探偵に噛みついた。

探偵は慌てずに聞き返す。「では、あなたの目の前にある建物について記憶だけで話すことはできますか?」 そう言われて記者は、建物に背を向けさせられて、建物について思い出すことになる。しどろもどろに言う。「レンガ造りで……、確か手すりがあって……、あと、窓がある……」なるほどなるほど、確かにその通り。 「では、窓の数は分かりますか?」と探偵のひとこと。それがダメ押し。挑戦的な新聞記者は答えることができない。ザッツオール。これが蛮勇の終わり。 (ちなみにベーカー街の、その建物の窓数は15枚だった)

さて「窓がある」と知るところまでは「見る」という行為だ。では、その窓が何枚で、つまりこの建物は何階建てで、東西南北どちらに向いていて、どのような住人がいるのか、など、「観察」することで情報外情報が増える。それが推理というものさ。 読者への挑戦状の定型句でもある「すべての情報は出そろった」ということ。 すでに物事は見えている。我々の前にフェアに開示されている。しかし、観察がされているかどうかは別問題というわけ。

君は“のび太の家”を知っているか

雨樋は、とても不思議な存在だ。 晴れた日には役に立たないし、むしろ目立たないように隠されている。雨が降ったとしても、我々は傘をさして、足元ばかり見て歩いていて、雨樋の存在感はやはり目立たない。 世界を見るだけでなく観察してみると、全ての建築に(加えるならば露天の構造物にも)雨樋がついているけれど、雨樋は、いつも我々の意識の外側にいる。 だから、雨樋はとても不思議な存在だ。

我々が、観察という行為を馬鹿にした新聞記者とは違うということを証明するために、誰もが見たことのある雨樋について論じてみよう。 それは『ドラえもん』の作中に出てくる野比のび太くんの家の雨樋。 日本で育った人ならば、誰でも知ってる有名な建物。見たことがないとは言わせない。

けれども我々は、その雨樋をきちんと観察していただろうか? (つまり、のび太くんの家に雨樋があったことを覚えていただろうか?)

作画コストがかかるからか、描き込みが世界観を崩すからか、原作漫画の中では雨樋があまり描かれていない。皮肉なことに、作画されていないということ、それこそが実に雨樋的でもある。見えるけれども観察されないという、雨樋そのもの。

模型は川崎は藤子・F・不二雄ミュージアムに所蔵されている。本展示は雨樋に関して言えばアニメーションから造形されたので、現実よりもパーツの特徴が強くなっている。そこが雨樋観察の入門として、とても参考になる。わかりやすいし、雨樋の存在感が目に飛び込んでくる。目立つ雨樋という、稀有な存在。いい。とてもいい。

雨樋の基本的な役割として「人や物が出入りするときに、落ちてくる雨水をくぐらなくていいようにする」というものがある。住宅の雨樋は、だからドアや窓の上を通すことが多い。のび太くんの実家は、正面玄関に軒(のき)が降りていないので、庇(ひさし)が張られている。

うん、こういう玄関のデザインは、かつて、中層階級があった頃のクラシックな昭和スタイルで、近年の流行のスタイルではないけれど、LEDではないほうの信号機や電電公社の黒電話のように、手触りがあって風化しないデザイン。そういうのって悪くない。いい。むしろいい!

紙幅が許さないので詳述は避けるが、のび太くんの部屋の外にある縦樋(屋根に連絡したほったらかし型雨樋)にも造形の美しさがある。ああ。

 

あなたは、自分の家の雨樋を知っているか?

さて、ここで読者への挑戦状というわけではないけれど、最後にひとつ質問をしようと思う。

あなたは、自分の住んでいる建物の雨樋について思い出せるだろうか? のび太くんの家よりも身近な自分のホーム。戸建でもマンションでも、建物の種類は問わない。要するに、屋根が雨をどのように受けて、どのように地上や下水につなげているのか、その経路と形状を観察していただろうか? 読者への挑戦状というわけではないけれど、必要な情報はすべて揃っている。

雨樋とは推理そのものだ。 世界に対する解像度が上がり、見えないものが見えてくる。 そんな観察について、僕はこれから書いていこうと思う。 広く諸兄姉の謹聴を乞う。

 

写真:橋本太郎

 

この記事を書いた人 柳下恭平

柳下恭平(やなしたきょうへい) 中洲産業大学文学部人文社会学科雨樋民俗学准教授。幼少期に建築と雨樋の関係性に傾倒して、以後雨樋研究に人生をささげる。近著に『京都の雨樋』『東欧の雨樋』(ともに民明書房)、『ベルリン雨樋、西東』(漂流社)、『タイ、豪雨、雨樋』(太公望書林)、『雨樋が作る都市の下水と排水』(ミュンヒハウゼン出版)など多数。人生の目標は、タモリ倶楽部で梅雨の時期の準レギュラーになること。好きな食べ物は流しそうめん。

発酵MAGAZINEHAKKO MAGAZINE

発酵チャンネルHAKKO CHANNEL