雨樋探偵・柳下恭平の事件簿(2)時速285キロメートルの雨樋

銃声の響く池袋の夜に

(バキューン!)

キャピタルを切り裂くピストルの音。ようこそ、ここ安眠のない街、池袋へ。
東京のヤケクソな部分をエスプレッソのように抽出したこの街は、誰もが知るように、雨よりも多く血と弾丸が降る。ねえ、ところで、近くに行きつけのバーがあるんだ。せっかくだから、このあと、軽く飲んでもいいね?

(バキューン!)

しかし失礼、今はあまり、ゆっくりは話してはいられないな。
僕の今夜の仕事は子守だ。池袋のギャングを優しく寝かしつける、いつもどおりの簡単な仕事サ。ご存じの通り、池袋の子どもたちは雨樋をつたって分断された山手線の東西を行き来する。参ったね。雨樋を通っていいのは雨だけだよ、なんて、行儀作法を教えるのも雨樋探偵の仕事に含まれているなんて。

(バキューン!)

ギャングたちを追い詰めるのは、そんなに難しい仕事じゃない。
片手間に雨樋の話でもしよう。みんな雨樋が大好きだし、どうせ、僕から新しい雨樋の話が聞きたいよね? わかるよ。雨樋には中毒性があるからね。君もすでに雨樋が大好きになっているんだろうな。うん、わかるよ。

時速285kmの中にある美しい設計

(バキューン!)

池袋の雨樋について話してもいいけれど、ピストルが火を噴く今夜だからこそ、弾丸のような速さの中の雨樋について話そうと思う。たとえば、時速285キロメートルの雨樋。それは新幹線の屋根に存在する。

 

新幹線のどこに雨樋があるか覚えているだろうか?
観察するんだ。推理はそこから始まるから。

そう、扉の上!

雨樋が持つ大切な役割のひとつが「人や物が出入りするときに雨をくぐらなくていいようにする」というもので、ロジックの反対側から見れば「(露天の)人や物が出入りする箇所」には雨樋があるということ。誰も気にしないけれど、新幹線の扉の上にも、確かに雨樋が存在する。プラットホームには屋根があるけれど、線路の上には屋根がない。この、細い、線のような雨樋がなければ、僕たちは滝をくぐるようにして新幹線を昇降する羽目になる。

そう、扉の上に、細い、線のような雨樋が確かにある!時速285キロメートルで移動する弾丸には、そのためにデザインされた雨樋があるのだ。

1964年に開催された東京オリンピックにあわせて走り出した東海道新幹線。今の車輛のもとになった「ゼロ系」と呼ばれる新幹線を作るときに、設計開発者三木忠直氏は「美しいものを作れ。そうすれば解決する」と言った。僕たちを乗せた鉄の塊を電気の力で打ち出そうとして、その限界の空気力学を探るとき、科学的整合性と技術的美意識は限りなく近似値を取るのだろうな。

ああ、この雨樋は確かに美しい。

(バキューン!)

(そういえば、ライフルと呼ばれる銃身の中に切られる溝は、火薬による爆発の空気の流れを整えて銃弾を真っすぐに遠くまで打ち出す働きをする。これも「雨」ではないけれど、雨樋の拡張的世界の中にある。たとえば、日本刀にもまた、ちがった「樋」があるのだけれど、そのあたりは、また別の夜に話そう)

空の上にも雨樋がある


映画「ラ・ジュテ」のシーンより引用

(バキューン!)

今、僕に向けられた殺意の速度は時速800キロメートル。新幹線の約3倍の速度だ。この世界には、そのピストルの弾よりも速い速度の雨樋も存在する。それはジェット旅客機の雨樋だ。

飛行機の雨樋も、デザインそのものは新幹線と同じ思想だ。形状は飛行機の方がもうすこし丸くて、角度が急ではあるけれど、これは空気抵抗を考慮してのことだろう。

(君が探偵でなければ通常は)飛行機にはボーディング・ブリッジやタラップを使って乗り降りする。主に機首に一番近い扉を使うけれども、飛行場によってはタラップ車を使い、尾翼に近い扉から出る場合もある。

新幹線と比べて飛行機の雨樋は角度がついているのだけれども、機首側の扉は「/(ノ型)」という形、尾翼側の扉は「\(点型)」という形になっている。おもしろいことに、非常時にしか使わない機首側でも尾翼側でもない扉についている雨樋にはノ型と点型が混在している。つまり、片側に昇降口が三ヵ所ある場合は「/ / \(ノノ点型)」と「/ \ \(ノ点点型)」の二種類に分かれるということだ。

主翼との位置関係によって、どちらのタイプになるのかが決まってくると思うのだけれど、僕が空中から飛び降りるときにしか観察できない雨樋を、まだ、そこまで見極めることができていない。次に飛行機が爆発して、高高度から脱出するときに、もう少し観察してみようと思う。

銃声が消えた池袋の夜に

(バキューン!)

今、僕が放ったこの銃声が、子守歌の最後の一小節だ。
今夜もおやすみ池袋。泥のように眠れ。

待たせたね。これでようやく、仕事のあとの一杯が飲める。
僕からカクテルをごちそうするよ。

最初の一杯は、ブランデーベースの「サイドカー」にしよう。
雨の日に濡れてしまう乗り物の名前がついたカクテルは、雨樋の話をしながら飲むのにちょうどいいからね。

「バキューン!」(これは銃声でなく、君のハートを打ち抜く音さ!)

この記事を書いた人 柳下恭平

柳下恭平(やなしたきょうへい) 中洲産業大学文学部人文社会学科雨樋民俗学准教授。幼少期に建築と雨樋の関係性に傾倒して、以後雨樋研究に人生をささげる。近著に『京都の雨樋』『東欧の雨樋』(ともに民明書房)、『ベルリン雨樋、西東』(漂流社)、『タイ、豪雨、雨樋』(太公望書林)、『雨樋が作る都市の下水と排水』(ミュンヒハウゼン出版)など多数。人生の目標は、タモリ倶楽部で梅雨の時期の準レギュラーになること。好きな食べ物は流しそうめん。

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