雨樋探偵・柳下恭平の事件簿 (3)ハロー張り寝ず見

ハリネズミの寸隙はドーナッツの中に

僕は動かない。

その瞬間が来るまで誰にも見咎められることなく、風景に溶け込み、しかも気配を消して、束の間、僕は世界から忘れ去られた存在になる。張り込みとは、そのようにして犯人(ホシ)の動きをひたすら待つのだ。それは、まるで雨樋のような仕事だな、と、いつも思う。

雨樋は雨を待ち、探偵は犯人を待つ。
そのあいだ、誰にも気がつかれることはない。ね、やはり両者はとても似ているよ?

ところで差し入れを、ありがとう。
ご覧のとおり、今はここから動けなくてね。助かったな。おなかに何かを入れないと、いざというときに動けないからね。推理でフル回転する僕の頭脳が、ハンガーノックを起こすその前に、だから、何かを食べておきたかったんだ。

いいね。今日はドーナッツか。
片手で食べられて、いつでも食べることを中断できて、ポケットにも入れておける(モグモグ)。何よりも血糖値をガツンと上げてくれるし、密度の高いオールドファッションドスタイルは、腹持ちもいい(モグモグ)。時間もかからないし、なにより大切なことは食事の時に視線を目標から外さないで済むということだね(モグモグ)。ドーナツはこういう状況に最適な食べ物だ(ゴチソウサマ)。

ふう、ひと息ついたな。しかし犯人は、まだ動かないみたいだ。

ふむ、まあ、しばらく雨樋の話でもしようか。
(君もどうせ、雨樋の話が聞きたくてここに来たんでしょう?)

エルビス・プレスリーの衣装に隠された秘密

キング・オブ・ロックンロール、エルビス・プレスリー。実は、彼はドーナツ好きでも知られているね。彼は、比類なきステージを作り上げた、その活動後期に、長い紐を袖からぶら下げた舞台衣装を好んで身につけた。この装飾を「フリンジ」という。もともとは、アメリカ大陸先住民の民族衣装がルーツだ。

「モカシン」といわれる「フリンジブーツ」や、フラワーパワー華やかりしころの、70年代のヒッピーファッションなどにもよく使われた「フリンジバッグ」なども、すべて同じルーツ。フリンジバッグは、また、アメリカンスタイルのモーターバイクの鞄にも使われる。チョッパーでルート66を走るバイクの後輪には、デカくて真っ黒なフリンジバッグがよく似合う。

これらに共通するのは、どれも「革製品」であるということ。

バッファローがまだ、北米大陸をのびのびと闊歩していたころ。彼の地の先住民たちは、弓や、トマホークと呼ばれる手斧で狩りをしていた。牧場もあり、バッファローはそれくらい身近な存在だった。彼らがその革を生活に取り入れるのは必然だっただろう。

服飾の世界史を紐解けば、狩猟民族はどこの国でも革製品をうまく使う。カナダ北部の先住民や、北海道のアイヌ民族は、アザラシなどの革を身にまとっていたし、水に弱い革製品のメンテナンスには、海獣たちの脂も使っていた。

そう、革製品は水に弱い。
北米大陸の先住民は、野に伏せ狩りをするうちに、その服が、雨に濡れることも多かっただろう。だから、雨に濡れっぱなしで革が腐ったり傷んだりする前に、その水気をなるべく早く取り除きたかったのだ。

もう、お分かりだろうか。
フリンジというひらひらした装飾は、雨に打たれた革製品から、排水を目的として生まれたものだった。つまり、フリンジは、身につける雨樋と言っていいだろう。

雨樋の役割のひとつに「水の通り道をつくり、排水をコントロールする」というものがある。

たとえば、少し意外かもしれないが、屋根と雨樋を見れば、その町の下水がわかると僕は考えている。おもしろいことに、地上を観察すれば、地下までわかるということだ。(もっと言えば、そのエリアの降水降雪量も見当がつく)屋根の上に落ちた来た雨を、下水や地面まで導く水の通り道。それこそが雨樋で、それこそが排水のコントロールというわけ。

フリンジが、実際に革製品を乾燥させるのは、雨樋的な「排水」よりも、切断面からの「蒸発」の割合が大きくはあるけれど、それでも雨樋的だなと思わせるのは、その排水のコントロールがあるからだ。

“あなた”の雨樋はどこにあるのか?

さて、僕たちが身につけている雨樋の話をもうひとつ。あるいは、これこそがもっとも身近な雨樋かもしれない。

それは、眉毛だ!

鏡を見れば目の上にある二本のライン。
もしも、僕の言葉を疑うならば、かみそりで自分の眉毛を剃ってみればいい。額からの汗が目に入って困ると思うよ。「水の通り道をつくり、排水をコントロールする」というのが雨樋ならば、眉毛も立派な雨樋なのさ。

おっと、ようやく犯人が動いたぞ。
さあ、僕は行かなくては。

この事件もそろそろクライマックスだ。逮捕は僕の仕事じゃないけれど、彼が監獄に入ったら、エルビスの好きだったドーナツでも差し入れてあげようかな。監獄にロックはよく似合うって、エルビスも歌っていたしね。

この記事を書いた人 柳下恭平

柳下恭平(やなしたきょうへい) 中洲産業大学文学部人文社会学科雨樋民俗学准教授。幼少期に建築と雨樋の関係性に傾倒して、以後雨樋研究に人生をささげる。近著に『京都の雨樋』『東欧の雨樋』(ともに民明書房)、『ベルリン雨樋、西東』(漂流社)、『タイ、豪雨、雨樋』(太公望書林)、『雨樋が作る都市の下水と排水』(ミュンヒハウゼン出版)など多数。人生の目標は、タモリ倶楽部で梅雨の時期の準レギュラーになること。好きな食べ物は流しそうめん。

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