発酵デパートメントのスタッフが発酵の現場を訪ね、その様子を記す「スタッフ発酵巡礼記」。今回は、かつての宿場町、栃木県の今市で144年続く日本酒蔵「片山酒造」を訪ねます。
昔ながらの造りを続ける蔵だからこそのこだわりが詰まった、澄み渡る味の地酒がありました。
(執筆者:スタッフ こんどう)
少量生産だからこそ。こだわりが静かに光る地酒
片山酒造の石高(日本酒を作る量のこと)は100石ほど。これは日本酒蔵としては少量生産です。
小規模な酒造りだからこそできる酒造りで、鑑評会に何度も入選する高い品質のお酒が出来上がります。
酒づくりで特にこだわっていることは、3つ。原料、お酒の絞り方、原酒であることです。
ひとつめは、原料。
日本酒づくりにおいて、水とお米は味に大きく影響します。
水へのこだわりがわかるエピソードとして、新潟県柏崎出身の蔵の初代が水の清らかな場所を探した末に今の場所で蔵を構えた、という創業秘話が伝わっています。
蔵では仕込みすべての工程で井戸水を使用し、井戸は一般の方にも開放されています。この水を求めて隣県からも水を汲みに来る方も。お米にもこだわっており、加工米は不使用です。
ふたつめは、お酒の絞り方。
昔ながらの佐瀬式で、その方法を変えずに守り続けています。お酒の絞りにこだわっている、と言われてもピンとこない方も多いかもしれませんが、この絞りにこそ、片山酒造”らしさ”が詰まっているのです。
三つ目は、原酒であること。
酒蔵の正面にある看板は、お酒の名称である柏盛(かしわざかり)よりも”原酒”の文字のほうが大きく掲げられています。多くの日本酒は、原酒に水を加えて飲みやすさなどバランスを調整しますが、片山酒造ではほとんどのお酒を原酒で販売しています。
原料が味に直結するのは想像がつきますが、なぜ搾りと原酒にこだわるのでしょうか。杜氏に詳しくお話をうかがいました。
伝統を受け継ぎ、一番美味しい状態のお酒を
絞りとは、日本酒のもろみを酒粕と清酒に分ける作業のこと。
日本酒は、絞るときにかける圧力が少ないほどお酒に雑味が出にくく、澄んだ味わいになると言われています。一方で圧力をかけずに絞ると時間がかかり、とれるお酒も少量に。お酒を作るときの効率が悪くなってしまいます。
片山酒造では多くの日本酒蔵で使われる新しい機械は使わず、昔ながらの「佐瀬式」という方法で日本酒を絞ります。
布袋にお酒と酒粕が混ざった状態の“もろみ”を入れ、槽(ふね)と呼ばれる機械に袋を均等に積み、重しを乗せてお酒が滴り落ちてくるのをじっくり待ちます。時間がかかるのはもちろん、袋の積み方が悪いと崩れてしまうため、積み方には工夫が必要です。さらには、もろみを入れる布袋はタンク1本で約600枚。絞るお酒の種類が変わる度に、袋を煮沸し乾かすといいます。
これほどまでに絞りに時間と手間を掛けるのでしょうか。
理由は、昔ながらの造りを受け継ぎ守ること、お客さまにおいしいものを届けることにありました。
「手間ひまをかけて造ったお酒だから、一番美味しい状態でお客様にのんでほしい」
そう何度も語る杜氏の姿は、とても印象的でした。
1つの設備を手入れして長く使い、効率化に追及せずに丁寧に絞った豊かな味わいをそのまま届ける。その姿勢からも「おいしいお酒をお客様に届けたい」というシンプルながら強い想いを感じます。
原酒にこだわる理由もここにあります。
「一番おいしい状態をお客さまに」との想いで、ほぼすべての銘柄を一番味わいも香りも濃いといわれる原酒のまま販売しているのです。
昔、原酒は加水した日本酒よりも高い税金が課されており、原酒を扱う蔵は少なかったといいます。そのため、原酒は蔵人しか飲めないお酒ともいわれていました。
そんな厳しい時代から、今も変わらず原酒にこだわっていた片山酒造。信念を持って長年続けてきたことが、いつしかどこにも真似のできない個性になり、美味しいお酒が出来上がったといえるでしょう。
▲「原酒 柏盛 -素顔-」。ご厚意で試飲させていただきました。
蔵の信念を表す代表銘柄は、飾ることのないしぼりたての状態を表現して「素顔」という名前がつけられています。
素顔はお米の銘柄と精米歩合違いで3種類あり、全て無濾過生原酒です。
淡い水色の瓶の栃木県産五百万石×本醸造タイプは、3種類の中で最も力強くお米の旨みを感じます。
濃い青の瓶の栃木県産夢ささら(ご当地酒米)×純米吟醸タイプは、お米の味わいと心地よい吟醸香で飲み飽きない味わいです。
淡い黒の瓶の兵庫県産山田錦×大吟醸タイプは、3種類の中で最も綺麗で華やか。大吟醸らしい香りをほどよく纏いつつ、食事とも合わせやすい芯のある味わいです。
3種に共通しているのは、蔵のルーツでもある新潟・越後の酒造りの特徴がよく表れた、淡麗辛口な味わい。
お米の味わいをほどよく引き出し、こだわった絞りによって雑味のない綺麗な後味に仕上がっています。
無濾過生原酒の中には、甘酸っぱくフレッシュなものもありますが、「素顔」は落ち着きのある味わいの中に、程よい個性が光ります。
オーナーの小倉ヒラクはそれを「大人っぽい味わいのお酒ですね」と評していました。それぞれに異なる3種の「素顔」を飲み比べて、違いを感じてみるのも面白いものです。
▲酒粕(写真は片山酒造のWebサイトより引用)
酒粕にも、片山酒造らしさが詰まっています。
佐瀬式で絞られた酒粕は強く絞らない分、一般的な酒粕より粕に残る日本酒の量が多くなります。そのため、酒粕は硬い板粕ではなくもったりとしたテクスチャです。一口食べると、酒粕というよりお米クリームのような舌触り。芳醇な香りと濃厚な味わいにきっと驚くはずです。
粕汁や料理に使うのももちろん美味しいですが、そのまま食べると味の違いがよくわかります。絞りのこだわりは酒粕にも如実に現れており、「片山さんの酒粕があまりに多いしかったから」とリピートする方も多いのだそうです。
スタッフのおすすめポイント
私が一番印象深かったのは、「素顔」の本醸造タイプです。
このお酒を飲むまで、本醸造酒はお米の味わいがしっかりしたパンチの強いイメージでした。
対して「素顔」の本醸造タイプは、本醸造らしいほどよく力強いお米の味わいでありながら、一切の雑味のない澄んだ後味。嫌な感じが全くせず飲み飽きない、初めて出会うタイプでした。
今まで本醸造の個性と特徴だと思っていた良くも悪くも雑味のある味わいが、つくりや絞りによってここまで変わることに衝撃を受けました。
当初抱いた「なぜ絞りにこだわるのか?」という疑問、そして杜氏さんが何度も繰り返した「手間がかかってもおいしいお酒を届けたい」という言葉。この「素顔」を飲んだときに、その想いがまっすぐに伝わってきました。
小さな蔵だからできないこともあるけれど、持っているものを最大限に活かし、こだわり、大きい蔵とは異なるフォーカスのおいしいお酒を届ける。
その凛とした姿勢も、そうして造られたお酒も、知らなかった世界にハッと気づかせてくれる芯の強さがとても素敵で心に残りました。
DATA
スポット名:片山酒造株式会社
住所:〒321-1263 栃木県日光市瀬川146-2
電話番号:0288-21-0039
URL:https://shop.kashiwazakari.com/