こんにちは。発酵デパートメント店主の小倉ヒラクです。
10/16から六本木の21_21 DESIGN SIGHTで友人の情報学者ドミニク・チェンさんキュレーションの『トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう』という展覧会が始まりました。
実はこの展覧会、僕もFerment Media Researchというチームの一員として展示に関わっています。出展しているのはNukaBotという、人間とコミュニケーションできる発酵ロボット。
この1つ目妖怪のような不思議なロボットは、情報学者のドミニク・チェンさん、データサイエンティストのソン・ヨンアさんと協同開発したロボット。
写真のとおり、木樽の妖怪のようなこのロボットは、AI(人口の脳みそ)の代わりに微生物の生態系によってものを考え、人間に話しかけるALIFE(テクノロジーの生み出す生命)なのですね。
NukaBotの仕組み
ヌカボットの仕組みでは、糠床にいる微生物の代謝をセンサーで読み取り、その代謝データを小型コンピューターで制御してパターンを読み取り、スマートスピーカーを通して糠床の発酵具合を音声で教えてくれます。
手入れのタイミングがきたら「そろそろかき混ぜなよ」と促し、「おいしかったよ」と褒めるとお礼を言って評価グラフに記録を取る。こういう日々のコミュニケーションがクラウドに蓄積され、どんどんその家庭に合ったオリジナルの糠床の個性が育っていく。
モンスターを可視化したポケモンのように、微生物をキャラクターのように可視化して楽しくコミュニケーションできるようにしたのがヌカボットなのです。
糠床の雑多な生態系
↑開発初期段階につくったぬか床の発酵モデルの仮説↑
糠床から生まれる糠漬けは、世界的にメジャーなザワークラウトやピクルスのようなものとは一線を画する複雑性があります。通常の漬物では、多量の塩を加えたうえで酸素を抜き、乳酸菌のような酸素を嫌う微生物を優先的に増殖させて酸っぱい味わいをつくり出す。
ところが糠床には乳酸菌のほかに通常では雑菌扱いされるような、酸素を呼吸して強いニオイを生成する細菌類や酵母類が一定数棲みついています。これは糠床の塩分濃度が比較的低いことと、定期的に人間の手や異なる食材が糠床の中に挿入されることによって多様な微生物が外から引っ越してくるからなのだと推測されます。
その結果、糠漬けには独特の香ばしさや味の奥行きが生まれます。この個性は通常嫌われる雑多な微生物たちのおかげなんですね。
複雑なものを複雑なままに
ヌカボットでは、多様な微生物たちのせめぎ合いがデータに変換され、そこから
・適切な共生関係=おいしさ
・バランスの崩れた関係=腐敗
をパターンとして出力し、それが「食べごろだよ」「そろそろかき混ぜたら?」というメッセージに翻訳されます。
人間の脳内では入力されたさまざまな情報が絡み合って思考になり、それが感覚や言葉に変換される。対してこの発酵ロボットでは、神経回路ではなく微生物たちが彼らのやり方で思考をし、僕たち人間とコミュニケーションを取ることができてしまう。
この発想は開発チームの、複雑なものを単純化せずに伝えたい、人間のそれとは違う社会性を表現したいというコンセプトから生まれました。
ヌカボットは手づくりの経験のない人でもぬか床を育てられる発酵ロボットです。
でも便利さを追求しているわけではありません。腐りそうになったら「かき混ぜてよ」とあなたにお願いはしますが、自動でかき混ぜてはくれません。どうやら、自分の手に棲んでいる微生物たちが少なからずぬか床の発酵に影響しているようなのです。
人間が一切関与しないシステムでは、愛着を持てない。それでは面白くない。
ぬか床を育てることは人間が目に見えない微生物や、その人なりの味の好みに気づき、そこに愛着を持つきっかけになるものです。
お店に来たら、ぜひ話しかけてくださいね。