冬の秋田は、日本の発酵文化の原風景を見せてくれる。広い土地にぽつんぽつんと散らばる集落は雪に覆われ、畑仕事も漁もできず、外の街に出るのも容易ではない。そんな環境だからこそ、秋までに収穫した野菜や魚を、田んぼの米からつくられる麹で漬け込んで保存食とする。
冬の秋田の食卓は、降りたての雪のように白くて優しい姿をしている。郷土食のお手本のような発酵文化を支えるのは、なんといっても麹だ。
県南部の横手は、僕の知る限り日本で一番、麹の手づくり文化が根付いている。市内にはたくさんの麹屋さんが今なお健在で、地元の人たちが軒先に甘酒や手前みそ用の麹を量り売りで買っていく。そんな昔ながらのローカル麹文化を受け継ぐのが、羽場こうじ店だ。この地域の麹の特徴は、なんといっても甘みの強さ。甘酒はもちろん、味噌や漬物も甘みたっぷりに優しいうま味の仕上がりになる。
羽場こうじ店を切り盛りする百合子さんは、かつて都会勤めをしている時に身体を壊して横手に戻り、母のつくる麹や発酵食品たっぷりの食事を摂るうちに再び元気になり、実家の麹屋を継ぐ決意をしたという。
いつでも帰ってこれる場所。それが伝統の価値。
次に訪れたのは、羽場こうじ店から車で十数分、湯沢地区にある石孫本店。江戸末期創業の老舗味噌醤油蔵では、今なお変わらぬ伝統製法の調味料を作り続けている。その徹底ぶりは驚くべきものだった。
先祖代々使われている薪火のボイラーで米や豆を蒸し、麹蓋(こうじぶた)と呼ばれる薄い箱で麹菌を大事に育てる。蔵の奥では醤油や味噌のもろ味が巨大な木桶のなかで発酵、熟成を待つ。目指すのは甘みとうまみのバランスのとれたこの土地らしい味わいだ。
手間ひまかかる製法を守り続けるのは、単なる懐古主義や浪漫ではない。自然の素材や職人の手の感覚を通して。数百年の歴史のなかで育まれた感性とつながること。それが「伝統」の価値。羽場こうじ店の百合子さんや石孫本店の石川さんが先代から受け継いだものだ。
あなたが何かを「美味しい」と感じる。そこには個人の感覚だけでなく、土地の気候風土や文化、家族の紡いできた食生活の系譜がある。そう。味覚は「共通財産」なのである。秋田らしい甘みとやうまみのグッドバランスは、自然や微生物と向き合う伝統仕事による、個人の好みを越えた「帰るべき場所」だ。
豆腐に関わる人を増やしたい。やぶちゃんの優しい野望
最後に訪ねたのは、秋田市内にある豆腐百景の工房。かつて編集者として出会い仕事をご一緒した友人のやぶちゃんが、実家を継いでオープンした豆腐屋さんだ。
大豆の産地である秋田の食卓には、頻繁に手づくりの豆腐が出てくる。味噌汁や鍋、揚げてそのまま食べて...と米に負けじと大豆を食べる。そして。発酵好きの僕にとっても、豆腐は調味料を試す時にうってつけの食材だ。新しい定食でも豆腐を使った調味料テイスティングができたら楽しい。
地元の大豆を使ったやぶちゃんの手製の豆腐を定食用に仕入れたいと訪ねたのだが「せっかくならヒラク君たちが豆腐屋さんになればいいんじゃない?」と意外なオファー。
貸してもらった小さな豆腐メーカーに、やぶちゃんの実家から送ってもらった豆乳を注いでしばらく待つと、プルプルの自家製豆腐ができる。食べてみると、スッキリしているのに濃厚な驚きの味わいだ。豆腐文化をこよなく愛するやぶちゃんの野望は、自分のお店だけが繁盛するのではなく、豆腐をつくる人を増やすこと。
彼女に感化されて、僕たちも豆腐屋さん始めます。どうぞよろしく!
<お知らせ>
1/6(月)〜3月末まで、発酵デパートメント併設のレストラン「七福菌」のランチで秋田の発酵を7つ集めた「秋田・発酵七福定食」を期間限定でご用意いたします。
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