“梅仕事”と聞くと、少し身構えてしまいませんか。スーパーに並ぶ梅を眺めては「気になるけど、私の手に負えるのだろうか?」と不安がよぎって、梅仕事の準備が整っていないことを理由に通り過ぎてしまいます。
今年、梅仕事のレシピ本を出版された料理家の今井真実さんと榎本美沙さん。おふたりに梅への愛を語ってもらったら、気楽に梅仕事にチャレンジできるようになりました。
今井真実さん(写真右)
料理家。「作った人が嬉しくなる料理を」という考えを元に、雑誌、ウェブ媒体、企業広告をはじめ、多岐にわたるレシピ製作を担当。noteに綴るレシピ、エッセイ、Twitterでの発信が注目を集める。
著書に『毎日のあたらしい料理』(KADOKAWA)、『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)、『フライパンファンタジア』(家の光協会)など。
note:https://note.com/imaimami
榎本美沙さん(写真左)
料理家・発酵マイスター。
発酵食品、旬の野菜を使ったシンプルなレシピが好評で、テレビ、雑誌や書籍へのレシピ提供などを行う。登録者28万人以上のYouTubeチャンネル「榎本美沙の季節料理」、Instagram(@misa_enomoto)も人気。
新刊に『ちょこっとから楽しむ はじめての梅仕事』(山と溪谷社)。
その他著書に『今すぐ始められる、毎日続けられる。ゆる発酵』(オレンジページ)、『からだが整う〝ひと晩発酵みそ〟』(主婦と生活社)など。
YouTube:榎本美沙の季節料理
Instagram:@misa_enomoto
「おいしい」から、梅仕事を経て「可愛い」へ
▲榎本 美沙さんの「ちょこっとから楽しむはじめての梅仕事」(山と溪谷社)、今井 真実さんの「今井真実のときめく梅しごと」(左右社)。青梅と黄梅の表紙にうっとり!
※書籍は、東京・下北沢の発酵デパートメント店頭でもお取り扱いがございます。
ーーお二人が梅の本を出版されたきっかけを教えていただけますか?
今井 真実さん(以下、今井):
今回のレシピ本を出版していただいた左右社の編集担当、筒井さんと初めてお会いしたのが、私の梅仕事の料理教室だったんです。「本を出しませんか?」って声をかけていただきました。
お声かけいただく前から「いつか梅の本を」とは思っていたのですが、この出会いがあったので梅の本は筒井さんと出したくて。
私は小さい頃から梅が大好きで、梅干しに目がありませんでした。親戚のうちに梅の木があってね。毎年、親戚中に配るんです。だからどこのうちにお邪魔しても梅がありました。夏休みとかに親戚のうちでたらふく梅干しを食べると、食べすぎを心配されて、母に電話されたこともあります。子どもだと塩分摂りすぎるからね。
榎本美沙さん(以下、榎本):
すごいですね。私の実家に梅の木はなかったのですが、子どもの頃から梅ジュースが大好きでした。夏の定番ですね。
子どもは味覚の関係で、酸っぱい、苦い食べものが苦手な場合が多いのですが、私は不思議と酸っぱいものが好きでした。梅ジュースや梅干しなどが好きで、子どもの頃は梅自体に興味があったわけではなかったかもしれません。
梅仕事は大人になってからはじめて、オリジナルのレシピをYouTubeなどで公開していました。だんだんと梅愛が深まってきて、大切に作ってきた梅のレシピたちをいつかは大好きな「本」という形にしたいなと思っていたのですが、今回、山と溪谷社さんより「本にしたい」とお声かけいただいて、出版となりました。
ーー1冊の本になるほどの梅の魅力って、どんなところにあるのでしょうか?
今井:
だって可愛くないですか。丸くてほんのり色づいていて、いい匂いがして、丁寧に扱わなきゃいけないところも愛おしいし。もう梅をみると胸が苦しくなるんです。私は今回の本で、この気持ちの高揚を伝えたくって。
産毛の感じとかも赤ちゃんの肌みたいでしょう? 本当に赤ちゃんなのかもしれないと思うほど。
榎本:
わかります。傷つけたらいけないあの感じ。
私はボウルに水をためて、梅を洗う瞬間が好きです。産毛が空気をまとって、なんていうんだろう。半透明になるんです。
今井:
ミラーボールみたいな……、艶っぽくなりますよね!
私は追熟した梅にナイフを入れたときに、実はめちゃくちゃ黄色かったという瞬間も好きです。梅が干していて、乾いたと思って裏返すと水分が残っている感じとかも。
熟れ方や水分の出方を見ながらお世話をして、生きもののように可愛がっているんです。
榎本:
いいですね。部屋中に香りが広がるのも、この時期ならでは。胸がいっぱいになります。
そう考えると梅を食べる楽しみよりも、梅仕事をする楽しさのほうが上回っているかもしれませんね。
今井:
もうパンダや猫が可愛いのと同じように、そのものが可愛いんですよ。
可愛い梅は手をかけて永遠の命になる
榎本:
そうですね。
そこから梅仕事で時間と手をかけると、おいしくなって長く食べられます。
今井:
あんな、かよわい梅に永遠の命が吹き込まれるんですね。
榎本:
すごくロマンがありますよね。
梅仕事は仕込んだときのことも思い出すものですよね。これはあのときに仕込んだものだと振り返るのもなんだかほっこりする瞬間です。特に今回の本の撮影時は妊娠中だったので、より一層感慨深い梅仕事でした。
今井:
素敵! 良い思い出ですね。
榎本:
梅には妊娠中も助けられました。つわりはひどくなかったのですが、それでも辛いときはあって、好きな梅ジュースをよく飲んでいました。「梅を食べておけば大丈夫だろう」という不思議な安心感もありましたね。
今井:
わかります。梅って、栄養もありますし。
ーーお二人は梅仕事をいつ頃からはじめられたんでしょう。お休みした期間もありましたか?
今井:
私は物心ついた頃から実家で手伝っていました。それからずっと途切れず、20代の頃は友だちと一緒におこなうことも。いつの間にかそれが教室になり、ことも。続けて、今に至ります。
梅仕事をお休みすると、忘れ物をしたような気持ちになるんじゃないですかね。心残りができるような。一度はじめたら取り憑かれて、梅の時期が恋しくなります。
榎本:
季節が近づくと嬉しくなりますよね。
私自身が梅仕事をするようになったのは、大人になってからで、元々旬の食材を仕込むのが好きだったので、そのひとつとしてはじめました。
梅仕事はやってみたら意外と手軽で、部屋に梅の香りがいっぱいになって幸福感がある。少量からも作れるので、続けられていますね。
いまの私にあった梅仕事を見つける
ーー身の回りに親子代々で梅を仕込んでいる方もいて、うらやましい反面、そういったことを聞くと「自分にできるのかな?」と不安でした。今回のレシピ本も読んでみて、少し肩の力が抜けた気がします。
榎本:
昔は家族総出で大量に仕込む家も多かったですからね。
今井:
梅仕事は受け継がれていくイメージがあるからか、チャレンジするときのハードルが高くなりがちですよね。
なぜか梅の話になると家族や幼少期の思い出の話を聞かれるんです。代々受け継がれているのは素敵だし、こうした伝統も大切。でも、そこにあまり囚われなくてもいいのでは??って思っています。
セロリのお料理を作っても、「あなたがセロリ料理をはじめたのはいつ?」って聞かれませんよね。
そういうのを全部取っ払いたいんです。単純に梅が可愛いっていうので、はじめてもらいたい。
変えたいのは伝統の話だけではなくて、例えば梅干しのレシピも作り方を見直してもいいのではと思います。
梅を干すとき、昔なら外で3日3晩干すというのがポピュラーな作り方でした。しかし、今の気候は昔と変わってとても暑くなってきていますし、生活スタイルも変わりました。忙しくてずっと梅につきっきりになることも難しいです。干すところがない方は、おうちの中で風通しのいい日の当たるところに置いておいてもいい、それくらい気軽な気持ちでチャレンジしてほしい。
梅仕事自体をもっと今にあった形にして、広めなくてはいけないといつも考えています。
榎本:
すごく共感します。聞き惚れてしまいました。
いまの自分にあった形で梅仕事を楽しんでほしいですよね。
梅は化ける。唐揚げに焼きそば、クラフトコーラにも
榎本:
今回、私のレシピ本ではチャック付きの保存袋など特別な道具なしでも作れるレシピを掲載しています。
下ごしらえや基礎知識についても書いていて、はじめてのみなさんでもチャレンジしやすい内容にしました。
今井:
少量で気軽にはじめられていいですよね。
失敗しても最小限で済みますし、仕込む量や味はまず作ってみてをみて来年に活かせればいいんですから。
ーーお気に入りのレシピはありますか?
榎本:
「青梅のはちみつ漬け」ですかね。最短3日でできます。はちみつと塩で甘じょっぱくてカリカリしていて、夏に汗をかいたときに食べるといいんですよ。
今井:
絶対、おいしいレシピですね!いいなぁ。
榎本:
実は私、甘過ぎるものがあまり得意ではなくて。昔の梅のお料理は保存食なので、極端に甘かったり、しょっぱかったりするものが多いですよね。だから、自分好みの味をと思って作りました。
発酵が関連するレシピだと「はちみつ黒酢梅シロップ」がお気に入りです。梅のクエン酸と相まって酸味に深みが出て、飲むとすごく元気が出ます。
今井:
夏にぴったりですね。梅仕事というと梅干しや梅酒が定番ですが、色んなレシピを試したくなります。
榎本さんのレシピ本は、お料理のアレンジレシピもいっぱい載っていますよね。
榎本:
梅干しもご飯の上にのせて食べる以外の選択肢も知っていただきたくて、アレンジレシピを多めに掲載しています。梅干しは唐揚げにや焼きそばに入れたり、火を入れてこんがりさせてもおいしいので、調味料として幅広く使えます。
今井:
そうそう、餃子につけてもおいしいですよね。レモンコンフィチュールみたいに、意外と色んなものにあいます。
今井:
私のお気に入りレシピは、完熟梅のスパイス砂糖漬けです。傷のついた梅や傷んだ梅を捨ててしまうのはもったいないので、どうやって使おうか考えて生まれたレシピです。炭酸で割るとクラフトコーラみたいな味わいになります。
あと、梅ダージリン。梅を紅茶と砂糖で煮るだけなのですが、SNSなどでも反響があります。
榎本:
梅ダージリンはすぐ作れるのも嬉しいですね。
今井:
発酵食品を使ったレシピだと、味噌に梅を漬け込む梅みそや梅こうじもおすすめです。
梅こうじは昔からずっと研究していて、レシピ開発中に発酵デパートメントにお邪魔することがあったので、ヒラクさんに食べてもらったこともあります。
当初は麹と塩と梅で作っていましたが、塩麹と梅のシンプルな構成にして作りやすくしました。
榎本:
どれもおいしそうです。梅はお料理によって見せる表情が違うのも面白いですよね。
今井:
化けますよね!最初は赤ちゃんなのに。
ーー梅の話は尽きませんね。
今井:
まだまだ話せます! 私、梅は世界にも愛されるポテンシャルがあると思っているので、皆さんに伝えることをライフワークにしていきたいと思っています。
榎本:
今回の本を通して、たくさんの人に梅仕事に興味を持っていただきたいですね。
梅のことを同じように好きな方がいて、たくさんお話できて楽しかったです。ありがとうございました。
今井:
ありがとうございました。
写真:栗原 美穂
文:福井 晶
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