シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.7となる今回は愛知県の八丁味噌のお話。
▲味噌桶のなかの空気を抜くピラミッド型の石積み
愛知県岡崎には、旧東海道を挟んで二軒の味噌蔵が並んでいます。東海地方で継承されてきた特殊な製法の『八丁味噌』の起源であり、中国大陸から発酵調味料が渡来してきた名残を残す発酵における貴重な文化遺産なんですね。
大豆だけで醸す味噌
味噌の定番といえば、米麹と大豆を合わせた米味噌。信州味噌や仙台味噌など、量販店で売っているものの大半はこのタイプ。九州にいくと、米のかわりに麦麹を使う甘めの麦味噌がメジャー。この2つを2トップとすると、ダークホースとなるのが東海の大豆を麹にしてそれを直接発酵させる豆味噌。その代名詞となっているのが岡崎の八丁味噌。豆味噌を愛好した徳川家康の岡崎城下の八帖地区でつくられるのでこのブランド名になったそうです。
他の味噌だと米や麦などの穀物に菌をつけて麹にし、それを蒸煮した大豆と合わせる二段構えの加工法。いっぽう八丁味噌では大豆に直接菌をつけた豆麹を塩水に漬け込んでいくダイレクトな醸造法。つまり同じ味噌という名でありながらかなり異質な製法なわけです。
でね。僕自身中国でフィールドワークしている時に気づいたんですが、これは中華圏の定番調味料である豆鼓(トウチ)に近いものなんですね。穀物ではなく、豆を直接味噌にする。すると甘みやわかりやすい旨味よりも、コクや苦味などの深く熟成した味わいが強調される。八丁味噌でつくった味噌汁は、東海圏の外側に人たちにとっては「これってほんとに味噌汁なの?」と驚くような規格外の味なのです(ちなみに僕はじめて飲んだ時、南インドのスープカレーみたいだなと思いました)。
大陸渡来のルーツ
▲岡崎の名物郷土料理といえば黒い味噌煮込みうどん
日本の発酵食品の多くは、大陸から渡来してきた中華圏のレシピがもとになっています。味噌もそのなかのひとつ。最初は豆鼓のようなレシピが薬として神社仏閣に持ち込まれ(奈良時代には渡来してきていたらしい)、時を経るにつれ日本の気候風土や作物に適応したレシピに変化していったのでしょう。
八丁味噌は大陸から渡来してきた頃の原型を留める発酵食品と言えそうです(実はもっと古い原型を見つけたのですがそれはまた今度に)。和食では好まれないけれど中国料理の得意とする苦味、えぐみ、熟成感などが堪能できる八丁味噌は大陸と島国の文化をつなぐ記憶が眠っているのです。ちなみに僕が好きなのは、二日酔いの翌日に飲む八丁味噌汁。飲むごとにアルコールが抜けていくようで最高です。たぶん錯覚なんだけど…