日本各地の手前味噌

【山梨県】ワインは洋酒にあらず!山梨の土着のブドウ酒-日本各地の手前みそvol.02 - 発酵デパートメント

【山梨県】ワインは洋酒にあらず!山梨の土着のブドウ酒-日本各地の手前みそvol.02

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.2となる今回は山梨県のぶどう酒のお話。 ▲山梨ならではの甲州ブドウ。皮の色が薄いので白ワイン向き 僕の住む山梨県甲州市は、勝沼ぶどう郷で知られる日本屈指のワイン銘醸地。甲府盆地を囲む丘陵地帯にブドウ畑が広がる日本離した景観に、50近いワイナリーがひしめいています(山梨県全体では90蔵ほど)。ここで醸されるローカルワイン、通称甲州ワインは明治の文明開化期から続く、地域の老若男女のための地酒なのです。 ブドウの渡来と醸造 甲府盆地エリアは、日本に初めてブドウが伝来した土地。 奈良時代にシルクロードを通じて中国から竜眼と呼ばれる山ブドウがもたらされました。そこから江戸時代まで細々とおみやげとして栽培されていたものが、明治になって西洋文化が導入された時に新たな運命を迎えます。勝沼地域の青年二人がフランス、ボジョレー付近に派遣されワインの醸造法を学びます。 そして奈良時代以降、山梨の土地に適応して在来種となった甲州ブドウを酒にする文化が生まれたのです。それが今から約150年前のこと。当初はワイン醸造用の道具がなく、日本酒で使う木桶や樽で仕込み、一升瓶に詰めて出荷していました。 その文化は今でも健在で、僕の家の近所のスーパーに行くと一升瓶ワインコーナーがあり、値段を見てみるとチリや南アフリカの旨安ワインもビックリのコスパ!ステテコ姿のお父さんがちゃぶ台でこの一升瓶ワインを湯呑に注いでぐいぐい呑むのがTHE山梨スタイル。そして酒の肴はマグロのぶつ切りやおひたし…! 土着ワインのニューウェーブ 甲州ワインは戦後しばらくまで、農家が食用に出荷できない不揃いなブドウを共同でワインにして自家消費するどぶろくスタイルの「ブドウ酒」でした。しかし高度経済成長期を経た1980年代以降に高級洋酒が輸入されるようになると、県内の有力ワイナリーが技術者や研究者を雇って本格的な高級ワインづくりに邁進します。それまでは酔っ払えばOKだった甲州ワインがまたたく間にレベルアップ。 そして2000年代以降、フランスやイタリアで修行を積んだ新世代が単なる高級ワインではない、山梨らしいユニークで高品質なワインづくりへの挑戦を始めます。 ヨーロッパ系のワイン用ブドウではなく、昔から使われてきた在来の甲州種やマスカットベリーAなどの、土地に適応した食用ブドウをモダンな技術で醸すことで他の国にはない、瑞々しくてミネラル感があって和食に合うまるい味わいのニューウェーブ甲州ワインが続々登場しています。 街場の居酒屋に行ってもワインリストはほとんどが県内産。山梨は今や日本のワインの首都と呼べそうです。 (小倉ヒラク著) 関連商品 土と種の味がするぶどう酒〈2本セット・送料込み〉      

【山梨県】ワインは洋酒にあらず!山梨の土着のブドウ酒-日本各地の手前みそvol.02

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.2となる今回は山梨県のぶどう酒のお話。 ▲山梨ならではの甲州ブドウ。皮の色が薄いので白ワイン向き 僕の住む山梨県甲州市は、勝沼ぶどう郷で知られる日本屈指のワイン銘醸地。甲府盆地を囲む丘陵地帯にブドウ畑が広がる日本離した景観に、50近いワイナリーがひしめいています(山梨県全体では90蔵ほど)。ここで醸されるローカルワイン、通称甲州ワインは明治の文明開化期から続く、地域の老若男女のための地酒なのです。 ブドウの渡来と醸造 甲府盆地エリアは、日本に初めてブドウが伝来した土地。 奈良時代にシルクロードを通じて中国から竜眼と呼ばれる山ブドウがもたらされました。そこから江戸時代まで細々とおみやげとして栽培されていたものが、明治になって西洋文化が導入された時に新たな運命を迎えます。勝沼地域の青年二人がフランス、ボジョレー付近に派遣されワインの醸造法を学びます。 そして奈良時代以降、山梨の土地に適応して在来種となった甲州ブドウを酒にする文化が生まれたのです。それが今から約150年前のこと。当初はワイン醸造用の道具がなく、日本酒で使う木桶や樽で仕込み、一升瓶に詰めて出荷していました。 その文化は今でも健在で、僕の家の近所のスーパーに行くと一升瓶ワインコーナーがあり、値段を見てみるとチリや南アフリカの旨安ワインもビックリのコスパ!ステテコ姿のお父さんがちゃぶ台でこの一升瓶ワインを湯呑に注いでぐいぐい呑むのがTHE山梨スタイル。そして酒の肴はマグロのぶつ切りやおひたし…! 土着ワインのニューウェーブ 甲州ワインは戦後しばらくまで、農家が食用に出荷できない不揃いなブドウを共同でワインにして自家消費するどぶろくスタイルの「ブドウ酒」でした。しかし高度経済成長期を経た1980年代以降に高級洋酒が輸入されるようになると、県内の有力ワイナリーが技術者や研究者を雇って本格的な高級ワインづくりに邁進します。それまでは酔っ払えばOKだった甲州ワインがまたたく間にレベルアップ。 そして2000年代以降、フランスやイタリアで修行を積んだ新世代が単なる高級ワインではない、山梨らしいユニークで高品質なワインづくりへの挑戦を始めます。 ヨーロッパ系のワイン用ブドウではなく、昔から使われてきた在来の甲州種やマスカットベリーAなどの、土地に適応した食用ブドウをモダンな技術で醸すことで他の国にはない、瑞々しくてミネラル感があって和食に合うまるい味わいのニューウェーブ甲州ワインが続々登場しています。 街場の居酒屋に行ってもワインリストはほとんどが県内産。山梨は今や日本のワインの首都と呼べそうです。 (小倉ヒラク著) 関連商品 土と種の味がするぶどう酒〈2本セット・送料込み〉      

はじめまして!日本各地の『手前みそ』を巡る旅-日本各地の手前みそvol.01 - 発酵デパートメント

はじめまして!日本各地の『手前みそ』を巡る旅-日本各地の手前みそvol.01

はじめまして。小倉ヒラクと申します。僕はデザイナーでかつ発酵文化のスペシャリスト”発酵デザイナー”として世界各地の発酵食品や微生物のリサーチをしています。 『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介していきます。 発酵の国、日本へようこそ! さいきん、大注目の発酵食品。味噌や醤油、酒など誰でも知っているもの以外にも、ユニークでビックリ仰天な発酵食が日本の各地に根付いています。 魚を米とあわせて長期間熟成したチーズのような”なれずし”、芋やタイ米、麦や黒糖など様々な原料でつくられるローカル焼酎、スーパーで売っている定番とはひと味もふた味も違う納豆の変種、その土地ならではの在来作物でつくる多種多様なお漬物。さらにはどのカテゴリーにも当てはまらない珍品がいっぱい! そう。日本は世界でも稀に見る発酵大国。北国には長く厳しい冬を越すための保存技術が、南国や離島には限られた食材を美味しく食べるための工夫が発達していったのです。 発酵を知れば日本がわかる! 僕は47都道府県の津々浦々を旅して、小さな醸造蔵や地元のお父さんお母さんの家に転がり込んで、リアルローカルな発酵文化の数々を目の当たりにしてきました。するとだな、発酵食品にはその土地の風土と歴史のエッセンスが詰まっていることがわかったんですね。 例えば。九州や瀬戸内の甘い麦味噌は、稲作に適さない土壌と温暖で発酵が速く進む気候の産物。沖縄の泡盛の、本土の焼酎とは明確に違う原料(タイ米)や製法(一段仕込み)を紐解くと、タイや中国との長い交易の歴史が刻印されていることがわかります。さらに北海道にはアイヌの食文化の影響を受けた独特の発酵文化があったりするのですよ…!発酵食品の調査をするはずが、いつの間にか僕は発酵を通して日本文化の再発見をする旅をすることになったのです。 地元の割烹料理屋のカウンターで「ところでこんな不思議な食べ物があるんですけどね…」と大将が持ってきた謎の発酵ブツを食べた時の衝撃や感動、大将に電話してもらってアポ取ったアヤしい工場で目撃した謎の発酵ブツの製造現場に立ち会った時の興奮を、この連載の場を借りて皆様にお届けしたいと思います。 ふだん当たり前に知っている定番発酵食品の意外な事実から、見た目やニオイが衝撃的なハードコア発酵ブツ、さらには地方の醸造蔵に隠された感動ストーリーなど、地方が誇るべき”手前みそ”をお伝えしていきます。 それでは、発酵を巡る愉快な旅に出発! (小倉ヒラク著)

はじめまして!日本各地の『手前みそ』を巡る旅-日本各地の手前みそvol.01

はじめまして。小倉ヒラクと申します。僕はデザイナーでかつ発酵文化のスペシャリスト”発酵デザイナー”として世界各地の発酵食品や微生物のリサーチをしています。 『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介していきます。 発酵の国、日本へようこそ! さいきん、大注目の発酵食品。味噌や醤油、酒など誰でも知っているもの以外にも、ユニークでビックリ仰天な発酵食が日本の各地に根付いています。 魚を米とあわせて長期間熟成したチーズのような”なれずし”、芋やタイ米、麦や黒糖など様々な原料でつくられるローカル焼酎、スーパーで売っている定番とはひと味もふた味も違う納豆の変種、その土地ならではの在来作物でつくる多種多様なお漬物。さらにはどのカテゴリーにも当てはまらない珍品がいっぱい! そう。日本は世界でも稀に見る発酵大国。北国には長く厳しい冬を越すための保存技術が、南国や離島には限られた食材を美味しく食べるための工夫が発達していったのです。 発酵を知れば日本がわかる! 僕は47都道府県の津々浦々を旅して、小さな醸造蔵や地元のお父さんお母さんの家に転がり込んで、リアルローカルな発酵文化の数々を目の当たりにしてきました。するとだな、発酵食品にはその土地の風土と歴史のエッセンスが詰まっていることがわかったんですね。 例えば。九州や瀬戸内の甘い麦味噌は、稲作に適さない土壌と温暖で発酵が速く進む気候の産物。沖縄の泡盛の、本土の焼酎とは明確に違う原料(タイ米)や製法(一段仕込み)を紐解くと、タイや中国との長い交易の歴史が刻印されていることがわかります。さらに北海道にはアイヌの食文化の影響を受けた独特の発酵文化があったりするのですよ…!発酵食品の調査をするはずが、いつの間にか僕は発酵を通して日本文化の再発見をする旅をすることになったのです。 地元の割烹料理屋のカウンターで「ところでこんな不思議な食べ物があるんですけどね…」と大将が持ってきた謎の発酵ブツを食べた時の衝撃や感動、大将に電話してもらってアポ取ったアヤしい工場で目撃した謎の発酵ブツの製造現場に立ち会った時の興奮を、この連載の場を借りて皆様にお届けしたいと思います。 ふだん当たり前に知っている定番発酵食品の意外な事実から、見た目やニオイが衝撃的なハードコア発酵ブツ、さらには地方の醸造蔵に隠された感動ストーリーなど、地方が誇るべき”手前みそ”をお伝えしていきます。 それでは、発酵を巡る愉快な旅に出発! (小倉ヒラク著)

【愛知県】大陸の味を伝える八丁味噌-日本各地の手前みそvol.07 - 発酵デパートメント

【愛知県】大陸の味を伝える八丁味噌-日本各地の手前みそvol.07

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.7となる今回は愛知県の八丁味噌のお話。 ▲味噌桶のなかの空気を抜くピラミッド型の石積み 愛知県岡崎には、旧東海道を挟んで二軒の味噌蔵が並んでいます。東海地方で継承されてきた特殊な製法の『八丁味噌』の起源であり、中国大陸から発酵調味料が渡来してきた名残を残す発酵における貴重な文化遺産なんですね。 大豆だけで醸す味噌 味噌の定番といえば、米麹と大豆を合わせた米味噌。信州味噌や仙台味噌など、量販店で売っているものの大半はこのタイプ。九州にいくと、米のかわりに麦麹を使う甘めの麦味噌がメジャー。この2つを2トップとすると、ダークホースとなるのが東海の大豆を麹にしてそれを直接発酵させる豆味噌。その代名詞となっているのが岡崎の八丁味噌。豆味噌を愛好した徳川家康の岡崎城下の八帖地区でつくられるのでこのブランド名になったそうです。 他の味噌だと米や麦などの穀物に菌をつけて麹にし、それを蒸煮した大豆と合わせる二段構えの加工法。いっぽう八丁味噌では大豆に直接菌をつけた豆麹を塩水に漬け込んでいくダイレクトな醸造法。つまり同じ味噌という名でありながらかなり異質な製法なわけです。 でね。僕自身中国でフィールドワークしている時に気づいたんですが、これは中華圏の定番調味料である豆鼓(トウチ)に近いものなんですね。穀物ではなく、豆を直接味噌にする。すると甘みやわかりやすい旨味よりも、コクや苦味などの深く熟成した味わいが強調される。八丁味噌でつくった味噌汁は、東海圏の外側に人たちにとっては「これってほんとに味噌汁なの?」と驚くような規格外の味なのです(ちなみに僕はじめて飲んだ時、南インドのスープカレーみたいだなと思いました)。 大陸渡来のルーツ ▲岡崎の名物郷土料理といえば黒い味噌煮込みうどん 日本の発酵食品の多くは、大陸から渡来してきた中華圏のレシピがもとになっています。味噌もそのなかのひとつ。最初は豆鼓のようなレシピが薬として神社仏閣に持ち込まれ(奈良時代には渡来してきていたらしい)、時を経るにつれ日本の気候風土や作物に適応したレシピに変化していったのでしょう。  八丁味噌は大陸から渡来してきた頃の原型を留める発酵食品と言えそうです(実はもっと古い原型を見つけたのですがそれはまた今度に)。和食では好まれないけれど中国料理の得意とする苦味、えぐみ、熟成感などが堪能できる八丁味噌は大陸と島国の文化をつなぐ記憶が眠っているのです。ちなみに僕が好きなのは、二日酔いの翌日に飲む八丁味噌汁。飲むごとにアルコールが抜けていくようで最高です。たぶん錯覚なんだけど…

【愛知県】大陸の味を伝える八丁味噌-日本各地の手前みそvol.07

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.7となる今回は愛知県の八丁味噌のお話。 ▲味噌桶のなかの空気を抜くピラミッド型の石積み 愛知県岡崎には、旧東海道を挟んで二軒の味噌蔵が並んでいます。東海地方で継承されてきた特殊な製法の『八丁味噌』の起源であり、中国大陸から発酵調味料が渡来してきた名残を残す発酵における貴重な文化遺産なんですね。 大豆だけで醸す味噌 味噌の定番といえば、米麹と大豆を合わせた米味噌。信州味噌や仙台味噌など、量販店で売っているものの大半はこのタイプ。九州にいくと、米のかわりに麦麹を使う甘めの麦味噌がメジャー。この2つを2トップとすると、ダークホースとなるのが東海の大豆を麹にしてそれを直接発酵させる豆味噌。その代名詞となっているのが岡崎の八丁味噌。豆味噌を愛好した徳川家康の岡崎城下の八帖地区でつくられるのでこのブランド名になったそうです。 他の味噌だと米や麦などの穀物に菌をつけて麹にし、それを蒸煮した大豆と合わせる二段構えの加工法。いっぽう八丁味噌では大豆に直接菌をつけた豆麹を塩水に漬け込んでいくダイレクトな醸造法。つまり同じ味噌という名でありながらかなり異質な製法なわけです。 でね。僕自身中国でフィールドワークしている時に気づいたんですが、これは中華圏の定番調味料である豆鼓(トウチ)に近いものなんですね。穀物ではなく、豆を直接味噌にする。すると甘みやわかりやすい旨味よりも、コクや苦味などの深く熟成した味わいが強調される。八丁味噌でつくった味噌汁は、東海圏の外側に人たちにとっては「これってほんとに味噌汁なの?」と驚くような規格外の味なのです(ちなみに僕はじめて飲んだ時、南インドのスープカレーみたいだなと思いました)。 大陸渡来のルーツ ▲岡崎の名物郷土料理といえば黒い味噌煮込みうどん 日本の発酵食品の多くは、大陸から渡来してきた中華圏のレシピがもとになっています。味噌もそのなかのひとつ。最初は豆鼓のようなレシピが薬として神社仏閣に持ち込まれ(奈良時代には渡来してきていたらしい)、時を経るにつれ日本の気候風土や作物に適応したレシピに変化していったのでしょう。  八丁味噌は大陸から渡来してきた頃の原型を留める発酵食品と言えそうです(実はもっと古い原型を見つけたのですがそれはまた今度に)。和食では好まれないけれど中国料理の得意とする苦味、えぐみ、熟成感などが堪能できる八丁味噌は大陸と島国の文化をつなぐ記憶が眠っているのです。ちなみに僕が好きなのは、二日酔いの翌日に飲む八丁味噌汁。飲むごとにアルコールが抜けていくようで最高です。たぶん錯覚なんだけど…

【青森県】十和田のハードコア納豆、ごど-日本各地の手前みそvol.06 - 発酵デパートメント

【青森県】十和田のハードコア納豆、ごど-日本各地の手前みそvol.06

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.6となる今回は青森県のごどのお話。 ▲納豆と麹の粒が酵素によって溶けて独特の質感に 青森県十和田地方に、不思議な納豆があります。数えるほどの地元のお母さんたちがひっそりと受け継いできた『ごど』。醸造を専門にしている者からするとびっくり仰天のとんでもないハードコア発酵食品なのですね。 謎の発酵食品『ごど』 『ごど』とは何か。納豆に麹を混ぜてさらに乳酸発酵させた、納豆×麹×乳酸発酵という、ラーメンのトッピング全部盛り状態の複合発酵納豆です。見た目は納豆と塩麹を足したようなドロッとしたテクスチャー。発酵が浅いうちはご飯にかけたりおかずとして食べたりし、発酵が進んでドロドロに溶けたものは醤(ひしお)のように調味料として使ったりも。 この不思議なレシピができた理由を地元の人に聞いてみると。十和田はじめ青森県南部地方は、かつて湿地が多く冷涼な気候で稲作が難しく、農家たちは豆を主食として多く食べていたよう。なので各家庭では当たり前のように納豆が手づくりされていました。 で、納豆手づくりしたことある人だったらわかると思いますが。納豆は発酵させるのに40℃強の温度が必要。昔はいろりやコタツを活用して納豆菌が発酵しやすいコンディションを作っていたのですが、熱の管理を間違えるとベシャベシャした、酸っぱくてイマイチな納豆もどきができてしまいます。 ごどは、そういう納豆もどきをなんとかして食べたい!そしてきっと麹を混ぜたら美味しくなるのではないか?という「もったいない精神」から出てきたものらしいんですね。ちなみに山形県はじめ東北の他地域にも麹と納豆を混ぜたレシピがあるのですが、このごどは塩分量が少ないゆえに、他の地域には見られない複雑系発酵が起こり、全く別種の食べ物になってしまうのですね。 クセになる禁断の味 ▲ごどの仕込み写真。各お母さんで味の好みが違う さてこのごどの気になる味はというと。納豆のネバネバ感に、麹の甘味や旨味、さらに乳酸菌の酸味が加わった複雑極まりないもの。スタンダードな発酵学では、麹と納豆は近づけるな!と言われるので、ごどは禁断の味覚。最初はそのパンチのある香りと味のクセに戸惑いますが、慣れると普通の納豆では物足りなくなる謎の魅力を備えています。 最近では、このユニークなローカル納豆が地元はじめ全国の発酵好き、食通に再評価されはじめ、ついにアンダー60歳でごどの文化を継承するニュージェネレーションが現れはじめました。ちなみにちょっと自慢ですが、青森県外ではじめてごどを作れるようになった人は、何を隠そう僕です。ふふふ… 関連ページ 発酵デパートメント店頭では、ランチメニューでごど丼を提供しています。(フードメニューのページへ)  

【青森県】十和田のハードコア納豆、ごど-日本各地の手前みそvol.06

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.6となる今回は青森県のごどのお話。 ▲納豆と麹の粒が酵素によって溶けて独特の質感に 青森県十和田地方に、不思議な納豆があります。数えるほどの地元のお母さんたちがひっそりと受け継いできた『ごど』。醸造を専門にしている者からするとびっくり仰天のとんでもないハードコア発酵食品なのですね。 謎の発酵食品『ごど』 『ごど』とは何か。納豆に麹を混ぜてさらに乳酸発酵させた、納豆×麹×乳酸発酵という、ラーメンのトッピング全部盛り状態の複合発酵納豆です。見た目は納豆と塩麹を足したようなドロッとしたテクスチャー。発酵が浅いうちはご飯にかけたりおかずとして食べたりし、発酵が進んでドロドロに溶けたものは醤(ひしお)のように調味料として使ったりも。 この不思議なレシピができた理由を地元の人に聞いてみると。十和田はじめ青森県南部地方は、かつて湿地が多く冷涼な気候で稲作が難しく、農家たちは豆を主食として多く食べていたよう。なので各家庭では当たり前のように納豆が手づくりされていました。 で、納豆手づくりしたことある人だったらわかると思いますが。納豆は発酵させるのに40℃強の温度が必要。昔はいろりやコタツを活用して納豆菌が発酵しやすいコンディションを作っていたのですが、熱の管理を間違えるとベシャベシャした、酸っぱくてイマイチな納豆もどきができてしまいます。 ごどは、そういう納豆もどきをなんとかして食べたい!そしてきっと麹を混ぜたら美味しくなるのではないか?という「もったいない精神」から出てきたものらしいんですね。ちなみに山形県はじめ東北の他地域にも麹と納豆を混ぜたレシピがあるのですが、このごどは塩分量が少ないゆえに、他の地域には見られない複雑系発酵が起こり、全く別種の食べ物になってしまうのですね。 クセになる禁断の味 ▲ごどの仕込み写真。各お母さんで味の好みが違う さてこのごどの気になる味はというと。納豆のネバネバ感に、麹の甘味や旨味、さらに乳酸菌の酸味が加わった複雑極まりないもの。スタンダードな発酵学では、麹と納豆は近づけるな!と言われるので、ごどは禁断の味覚。最初はそのパンチのある香りと味のクセに戸惑いますが、慣れると普通の納豆では物足りなくなる謎の魅力を備えています。 最近では、このユニークなローカル納豆が地元はじめ全国の発酵好き、食通に再評価されはじめ、ついにアンダー60歳でごどの文化を継承するニュージェネレーションが現れはじめました。ちなみにちょっと自慢ですが、青森県外ではじめてごどを作れるようになった人は、何を隠そう僕です。ふふふ… 関連ページ 発酵デパートメント店頭では、ランチメニューでごど丼を提供しています。(フードメニューのページへ)  

【東京都】くさやはいかにして臭い珍味になったのか?-日本各地の手前みそvol.05 - 発酵デパートメント

【東京都】くさやはいかにして臭い珍味になったのか?-日本各地の手前みそvol.05

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.5となる今回は東京都のくさやのお話。 ▲新島だけでなく八丈島など伊豆諸島では定番 東京の南、伊豆諸島の新島には激烈に臭い珍味として有名な「くさや」の文化が根付いています。島ではバーベキューでくさやを焼く(屋内で焼くと大惨事になるので)のですが、近所の子供たちやネコたちが「オレにも喰わせろ」と寄ってきます。 島外ではかなり食べられる人を選ぶはずのくさや、なぜ新島ではこんなにも市民権を得ているのでしょうか? 数百年続くくさや液 くさやとはそもそも何なのかというとだな。ムロアジやトビウオなどの青魚の内臓を抜いておろし、くさや液と呼ばれるディープパープル色のギャラクシーに発酵する漬け汁に浸し、その後野外で干して仕上げる魚の発酵干物。 で。くさやが生まれたのは江戸時代中期頃。塩の租税地だった新島は、せっかく自前で作った塩を幕府に取り上げられてしまい、魚の塩蔵を作る時に塩の使い回しをするようになったとか。その結果、使い回し漬け汁がアヤしい発酵を始め、現代科学でも解析できない多種多様な菌によって複雑に醸されたくさやが誕生してしまったというわけです。 新島水産加工業協同組合を尋ねると、少なく見積もって200年以上継ぎ足されてきたくさや液で満たされたタンクを見ることができます。マンホールを持ち上げてタンクに顔を突っ込んでみると!トイレと銀杏と化粧落とさないで寝落ちした女子の翌日の顔面の臭いが入り混じったようなハードコアな香りに全面包囲されてタンクに墜落しそうになるよ…。 なぜ新島民はくさやが好き? ▲現在に至るまで昔ながらの方法で加工されている 前述した通り、新島民は老若男女くさやが大好き。一体なぜ?とくさやの伝統を継承する菊孫商店の旦那さんに質問してみらば。 「くさやは一朝一夕で臭くなったわけではない。何十年何百年かけてじわじわ臭くなっていくので、私たちもじわじわ慣れていった」という味わい深い答えが。沖縄民におけるゴーヤのように、代々みんな小さい頃から習慣付けすれば、一見するとエクストリームな風味であっても「その土地の当たりまえ」になってしまう。 えーと。僕は何を言いたいか。味覚には地域性があるということなんですね。あまねく全ての人が同じようなものを美味しいと思うわけではなく、北には北の、南には南の、その土地ならではの美味しさというものがあり、くさやをはじめとして、発酵文化は「正解のないローカルな面白さ」を体現しているわけなんですね。 新島に行ったらぜひ!美しい浜辺でくさやバーベキューにトライしてみてください。口に運ぶまでは不安でも、いざ口の中に入れてみるとかぐわしい島の旨みを堪能できますよ。 関連商品 焼くさやスティック

【東京都】くさやはいかにして臭い珍味になったのか?-日本各地の手前みそvol.05

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.5となる今回は東京都のくさやのお話。 ▲新島だけでなく八丈島など伊豆諸島では定番 東京の南、伊豆諸島の新島には激烈に臭い珍味として有名な「くさや」の文化が根付いています。島ではバーベキューでくさやを焼く(屋内で焼くと大惨事になるので)のですが、近所の子供たちやネコたちが「オレにも喰わせろ」と寄ってきます。 島外ではかなり食べられる人を選ぶはずのくさや、なぜ新島ではこんなにも市民権を得ているのでしょうか? 数百年続くくさや液 くさやとはそもそも何なのかというとだな。ムロアジやトビウオなどの青魚の内臓を抜いておろし、くさや液と呼ばれるディープパープル色のギャラクシーに発酵する漬け汁に浸し、その後野外で干して仕上げる魚の発酵干物。 で。くさやが生まれたのは江戸時代中期頃。塩の租税地だった新島は、せっかく自前で作った塩を幕府に取り上げられてしまい、魚の塩蔵を作る時に塩の使い回しをするようになったとか。その結果、使い回し漬け汁がアヤしい発酵を始め、現代科学でも解析できない多種多様な菌によって複雑に醸されたくさやが誕生してしまったというわけです。 新島水産加工業協同組合を尋ねると、少なく見積もって200年以上継ぎ足されてきたくさや液で満たされたタンクを見ることができます。マンホールを持ち上げてタンクに顔を突っ込んでみると!トイレと銀杏と化粧落とさないで寝落ちした女子の翌日の顔面の臭いが入り混じったようなハードコアな香りに全面包囲されてタンクに墜落しそうになるよ…。 なぜ新島民はくさやが好き? ▲現在に至るまで昔ながらの方法で加工されている 前述した通り、新島民は老若男女くさやが大好き。一体なぜ?とくさやの伝統を継承する菊孫商店の旦那さんに質問してみらば。 「くさやは一朝一夕で臭くなったわけではない。何十年何百年かけてじわじわ臭くなっていくので、私たちもじわじわ慣れていった」という味わい深い答えが。沖縄民におけるゴーヤのように、代々みんな小さい頃から習慣付けすれば、一見するとエクストリームな風味であっても「その土地の当たりまえ」になってしまう。 えーと。僕は何を言いたいか。味覚には地域性があるということなんですね。あまねく全ての人が同じようなものを美味しいと思うわけではなく、北には北の、南には南の、その土地ならではの美味しさというものがあり、くさやをはじめとして、発酵文化は「正解のないローカルな面白さ」を体現しているわけなんですね。 新島に行ったらぜひ!美しい浜辺でくさやバーベキューにトライしてみてください。口に運ぶまでは不安でも、いざ口の中に入れてみるとかぐわしい島の旨みを堪能できますよ。 関連商品 焼くさやスティック

【愛知県】三河みりんの格調高き甘み-日本各地の手前みそvol.04 - 発酵デパートメント

【愛知県】三河みりんの格調高き甘み-日本各地の手前みそvol.04

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.4となる今回は愛知県のみりんのお話。 ▲本格みりんのもろみ。米と水を組み合わせて甘味をつくる 愛知県南部、碧南地方には和食調味料の定番であるみりん蔵が集まっています。身近なようでいてよく知らない人も多いみりんのディテールを、地域の歴史を紐解きながら掘り下げてみましょう。 焼酎で醸した甘酒 とりあえず甘くなるよね…程度の認識しか持たれていなかったりするみりん。乱暴に要約すると、水のかわりに焼酎を麹と混ぜて醸した甘酒。米麹に焼酎ともち米を混ぜて数ヶ月間熟成させると、麹の糖化作用(米のでんぷんからブドウ糖を分解する酵素作用)が強力に働き、最終的にメロンもビックリの甘さのリキュールができます。 そう。みりんは調味料というよりは酒なのですね。上記の本格みりんと呼ばれる江戸時代から続く伝統製法では、アルコール度数12〜13%くらい。ロックやソーダ割りにすると、なかなか美味しく飲めます。 海運と醸造業のつながり ▲愛知県南部の海沿い 酒で甘酒を仕込むという、江戸時代にはなかなかの贅沢品であったみりん。なぜ愛知南部で発達したか、理由は海運ルートにあります。明治に至るまで、日本の大量輸送は陸路ではなく海路に頼っていました(海流に乗ればモーターがいらないので)。 江戸時代中期以降の最重要ルートは、大阪の堺から江戸のルート。その二箇所の中継点が愛知県南部海沿い知多・碧南(と静岡県伊豆)だったわけです。中世までの日本では、酒や醤油などの発酵食品は付加価値の高い貿易品。関西の堺や灘からの商品がプレミアムブランドとすると、ミドルクラスとして重宝されたのが愛知の発酵食品。知多・碧南には酒や調味料の蔵が林立しました。 そのなかで、日本酒をつくる時に副産物として大量に出る酒粕を再発酵して蒸留する「粕取り焼酎」が発明され、それをさらに加工することで生まれたのがみりん(とあとミツカンのお酢)なんですね。海運の要所では醸造業が発達し、大量生産の副産物の再加工がさらなる発酵の技術革新を呼び込むわけです。 みりん「風」と本格みりん 江戸時代からの伝統を持つみりんの世界。実は戦後になってややこしい状況に。スーパーで売っているみりんのほとんどは、実はみりんをシミュレートしたものなのです。 米と麹をほんの少しだけ使って糖類や醸造アルコールをブレンドして使ったみりんがまず半分。そして残り半分が「みりん風調味料」と言って、みりんっぽい味に仕上げた糖類や添加物の合成物。米と麹と水だけでつくった本格みりんは棚に一種類あればいいほう。 瓶の裏の原材料欄をチェックして、多少値段は張りますが本格みりんをゲットしてください。余韻の長い、格調高い甘味を食卓にプラスすることができますよ。 関連商品 三州三河みりん 300ml

【愛知県】三河みりんの格調高き甘み-日本各地の手前みそvol.04

シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.4となる今回は愛知県のみりんのお話。 ▲本格みりんのもろみ。米と水を組み合わせて甘味をつくる 愛知県南部、碧南地方には和食調味料の定番であるみりん蔵が集まっています。身近なようでいてよく知らない人も多いみりんのディテールを、地域の歴史を紐解きながら掘り下げてみましょう。 焼酎で醸した甘酒 とりあえず甘くなるよね…程度の認識しか持たれていなかったりするみりん。乱暴に要約すると、水のかわりに焼酎を麹と混ぜて醸した甘酒。米麹に焼酎ともち米を混ぜて数ヶ月間熟成させると、麹の糖化作用(米のでんぷんからブドウ糖を分解する酵素作用)が強力に働き、最終的にメロンもビックリの甘さのリキュールができます。 そう。みりんは調味料というよりは酒なのですね。上記の本格みりんと呼ばれる江戸時代から続く伝統製法では、アルコール度数12〜13%くらい。ロックやソーダ割りにすると、なかなか美味しく飲めます。 海運と醸造業のつながり ▲愛知県南部の海沿い 酒で甘酒を仕込むという、江戸時代にはなかなかの贅沢品であったみりん。なぜ愛知南部で発達したか、理由は海運ルートにあります。明治に至るまで、日本の大量輸送は陸路ではなく海路に頼っていました(海流に乗ればモーターがいらないので)。 江戸時代中期以降の最重要ルートは、大阪の堺から江戸のルート。その二箇所の中継点が愛知県南部海沿い知多・碧南(と静岡県伊豆)だったわけです。中世までの日本では、酒や醤油などの発酵食品は付加価値の高い貿易品。関西の堺や灘からの商品がプレミアムブランドとすると、ミドルクラスとして重宝されたのが愛知の発酵食品。知多・碧南には酒や調味料の蔵が林立しました。 そのなかで、日本酒をつくる時に副産物として大量に出る酒粕を再発酵して蒸留する「粕取り焼酎」が発明され、それをさらに加工することで生まれたのがみりん(とあとミツカンのお酢)なんですね。海運の要所では醸造業が発達し、大量生産の副産物の再加工がさらなる発酵の技術革新を呼び込むわけです。 みりん「風」と本格みりん 江戸時代からの伝統を持つみりんの世界。実は戦後になってややこしい状況に。スーパーで売っているみりんのほとんどは、実はみりんをシミュレートしたものなのです。 米と麹をほんの少しだけ使って糖類や醸造アルコールをブレンドして使ったみりんがまず半分。そして残り半分が「みりん風調味料」と言って、みりんっぽい味に仕上げた糖類や添加物の合成物。米と麹と水だけでつくった本格みりんは棚に一種類あればいいほう。 瓶の裏の原材料欄をチェックして、多少値段は張りますが本格みりんをゲットしてください。余韻の長い、格調高い甘味を食卓にプラスすることができますよ。 関連商品 三州三河みりん 300ml