シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.5となる今回は東京都のくさやのお話。
▲新島だけでなく八丈島など伊豆諸島では定番
東京の南、伊豆諸島の新島には激烈に臭い珍味として有名な「くさや」の文化が根付いています。島ではバーベキューでくさやを焼く(屋内で焼くと大惨事になるので)のですが、近所の子供たちやネコたちが「オレにも喰わせろ」と寄ってきます。
島外ではかなり食べられる人を選ぶはずのくさや、なぜ新島ではこんなにも市民権を得ているのでしょうか?
数百年続くくさや液
くさやとはそもそも何なのかというとだな。ムロアジやトビウオなどの青魚の内臓を抜いておろし、くさや液と呼ばれるディープパープル色のギャラクシーに発酵する漬け汁に浸し、その後野外で干して仕上げる魚の発酵干物。
で。くさやが生まれたのは江戸時代中期頃。塩の租税地だった新島は、せっかく自前で作った塩を幕府に取り上げられてしまい、魚の塩蔵を作る時に塩の使い回しをするようになったとか。その結果、使い回し漬け汁がアヤしい発酵を始め、現代科学でも解析できない多種多様な菌によって複雑に醸されたくさやが誕生してしまったというわけです。
新島水産加工業協同組合を尋ねると、少なく見積もって200年以上継ぎ足されてきたくさや液で満たされたタンクを見ることができます。マンホールを持ち上げてタンクに顔を突っ込んでみると!トイレと銀杏と化粧落とさないで寝落ちした女子の翌日の顔面の臭いが入り混じったようなハードコアな香りに全面包囲されてタンクに墜落しそうになるよ…。
なぜ新島民はくさやが好き?
▲現在に至るまで昔ながらの方法で加工されている
前述した通り、新島民は老若男女くさやが大好き。一体なぜ?とくさやの伝統を継承する菊孫商店の旦那さんに質問してみらば。
「くさやは一朝一夕で臭くなったわけではない。何十年何百年かけてじわじわ臭くなっていくので、私たちもじわじわ慣れていった」という味わい深い答えが。沖縄民におけるゴーヤのように、代々みんな小さい頃から習慣付けすれば、一見するとエクストリームな風味であっても「その土地の当たりまえ」になってしまう。
えーと。僕は何を言いたいか。味覚には地域性があるということなんですね。あまねく全ての人が同じようなものを美味しいと思うわけではなく、北には北の、南には南の、その土地ならではの美味しさというものがあり、くさやをはじめとして、発酵文化は「正解のないローカルな面白さ」を体現しているわけなんですね。
新島に行ったらぜひ!美しい浜辺でくさやバーベキューにトライしてみてください。口に運ぶまでは不安でも、いざ口の中に入れてみるとかぐわしい島の旨みを堪能できますよ。