シリーズ『日本各地の手前みそ』では、全国のユニークな発酵食品や各地で起きている新しい醸造文化のムーブメントを紹介します。vol.2となる今回は山梨県のぶどう酒のお話。

▲山梨ならではの甲州ブドウ。皮の色が薄いので白ワイン向き
僕の住む山梨県甲州市は、勝沼ぶどう郷で知られる日本屈指のワイン銘醸地。甲府盆地を囲む丘陵地帯にブドウ畑が広がる日本離した景観に、50近いワイナリーがひしめいています(山梨県全体では90蔵ほど)。ここで醸されるローカルワイン、通称甲州ワインは明治の文明開化期から続く、地域の老若男女のための地酒なのです。
ブドウの渡来と醸造
甲府盆地エリアは、日本に初めてブドウが伝来した土地。
奈良時代にシルクロードを通じて中国から竜眼と呼ばれる山ブドウがもたらされました。そこから江戸時代まで細々とおみやげとして栽培されていたものが、明治になって西洋文化が導入された時に新たな運命を迎えます。勝沼地域の青年二人がフランス、ボジョレー付近に派遣されワインの醸造法を学びます。
そして奈良時代以降、山梨の土地に適応して在来種となった甲州ブドウを酒にする文化が生まれたのです。それが今から約150年前のこと。当初はワイン醸造用の道具がなく、日本酒で使う木桶や樽で仕込み、一升瓶に詰めて出荷していました。
その文化は今でも健在で、僕の家の近所のスーパーに行くと一升瓶ワインコーナーがあり、値段を見てみるとチリや南アフリカの旨安ワインもビックリのコスパ!ステテコ姿のお父さんがちゃぶ台でこの一升瓶ワインを湯呑に注いでぐいぐい呑むのがTHE山梨スタイル。そして酒の肴はマグロのぶつ切りやおひたし…!
土着ワインのニューウェーブ

甲州ワインは戦後しばらくまで、農家が食用に出荷できない不揃いなブドウを共同でワインにして自家消費するどぶろくスタイルの「ブドウ酒」でした。しかし高度経済成長期を経た1980年代以降に高級洋酒が輸入されるようになると、県内の有力ワイナリーが技術者や研究者を雇って本格的な高級ワインづくりに邁進します。それまでは酔っ払えばOKだった甲州ワインがまたたく間にレベルアップ。
そして2000年代以降、フランスやイタリアで修行を積んだ新世代が単なる高級ワインではない、山梨らしいユニークで高品質なワインづくりへの挑戦を始めます。
ヨーロッパ系のワイン用ブドウではなく、昔から使われてきた在来の甲州種やマスカットベリーAなどの、土地に適応した食用ブドウをモダンな技術で醸すことで他の国にはない、瑞々しくてミネラル感があって和食に合うまるい味わいのニューウェーブ甲州ワインが続々登場しています。
街場の居酒屋に行ってもワインリストはほとんどが県内産。
山梨は今や日本のワインの首都と呼べそうです。
(小倉ヒラク著)
関連商品
